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in petit logement douill【2020 Anniversaire】

petit logement douillet 第1話 -聖-

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第1話



「…道明寺のバカ。
 約束の日、過ぎちゃったじゃない…」

あの日と同じ、抜けるような晴天につくしの溜息が溶ける。


高校の大講堂のスクリーン越しにもらった、愛しい約束。
信じて待つしかなかった日々が寂しくなかったわけじゃない。
最初の頃はまだよかった。
時間を弁えずに来る連絡に心を躍らせていたのはほんの数ヶ月。
それからは日に日に連絡も減り、半年後にはメールの返事も来なくなった。

何となく過ぎていった4年の月日は、愛しさを募らせることも忘れてしまった。
今となってはもう『Love Tsukoshi』の文字の欠片も見つけられない。

「4年、か…長かったような、短かったような。
 てか、4年って何分なんだろ?
 365日×4年がえ~っと…1460か。
 で、×24で…35040時間でしょ…てことは…」

携帯の電卓を叩きながらフッと自嘲が漏れる。

「2,102,400分…って、凄い数字。」

つくしの胸に去来するのは、その数字に負けないくらいの深い想い。
けれど、そこに愛しさはもうない。
終わりへのカウントダウンはもうゼロを迎え、果たされなかった約束だけが残った。

「ま、しょうがないよね。
 きっとこうなる運命だったんだよ、あたしたちは。」

憎らしいほど清々しい青空を見上げ、幼い恋に別れを告げる。
春からは大学4年。
就活に卒論…それにバイトもある。
のんびりしてる暇なんてないのだ。

「…さて、と!帰って掃除しなくちゃ!
 っと、その前に途中のスーパーで買い物して…あっ、今日は肉の安売りの日じゃん!
 それに、そろそろ醤油も切れそうだったし…」

少し調子外れの鼻唄を漏らしながら、軽やかな足取りで帰路に就いた。



その数時間後。



つくしは買い物の荷物もそこそこに、1枚の紙きれを見つめていた。
それは、アパートに帰るなり、大家のおばさんから渡されたもの。

『急で悪いんだけど…』

そう言いながらも、その口調は少しも悪びれた風はなく、むしろ嬉々としていた。

「ちょっと前から考えてたことなんだよ。
 ほら、このアパートもだいぶ痛んできてたじゃない?
 それで、たまたま?知り合った人から『建て替えないか?』って言われてねぇ。
 条件も悪くないし、いい機会だからお願いすることにしたんだよ。」
「だからって、そんな急に言われても…っ!」
「だから、ごめんって。
 それでね、この後住む場所なんだけど…」

はい、これ!と渡された紙は、不動産屋でよく見る部屋の間取り図。
へ?と呆気に取られるつくしを余所に、おばちゃんは意味深な笑みを浮かべる。

「他の住人さんとは違う物件なんだけどね。
 建て替えを請け負ってくれた業者さんの持ち物件で、条件は悪くないと思うよ。
 家賃も今までうちに払ってた額と同じでいいって。
 この後、そこのオーナーさんが説明に来るって言ってたから…」
「ちょっ…勝手に…っ」
「ここの建て替えが終わって、牧野さんが入居を希望するなら善処するよ。
 ただ、お家賃は今まで通りってわけにはいかないけど。
 牧野さんもその頃には卒業してるだろうし、どこかの会社に就職となれば、ここから近いとは限らないでしょう?
 その物件、かなり立地もいいし、家賃も破格。
 こんないい話、そうそうあるもんじゃないと思うけど?」
「けど…」
「もしそこが嫌なら、自分で見つけておくれよ。
 うちとしては退去してもらう代わりに次に住む場所の斡旋はしたからね。
 それもこんな好条件の…いっそ、うちが住みたいくらいだよ…」

ブツブツと漏れ始めた小言に、つくしは笑顔を引き攣らせる。

(このおばちゃん…普段はいい人なんだけど。
 愚痴りだすと止まんなくなるんだよなぁ…)

これはもう諦めるしかないのか、と内心で溜息を吐き、おばちゃんの言葉を遮った。

「わ、わかりましたっ!
 とりあえず、そのオーナーさんの話を聞いてみますっ!」
「ああ、それがいいよ。
 …退去はできるだけ早くお願いね。」

一転してにこやかに笑うおばちゃんに、それ以上のことは何も言えず。
そそくさと自室へと戻ると買い物袋をキッチンへと置き、深い溜息を吐いた。



「まぁ、確かに条件はいいんだよね。
 学校は近くなるし、駅も徒歩圏内。
 部屋も広くなるし、南向きのベランダもある。
 おまけにセキュリティも完備…」

こんな好物件にこのボロアパートの家賃と同額で住めるなんて、信じろって方が無理だろう。
どこかに落とし穴があるんじゃないかと疑ってしまうのはつくしだけじゃない。

「とりあえず、オーナーって人の話を聞かないと…」

と、その時、玄関のドアを『コンコン』とノックする音が聞こえた。
何ともいいタイミングで…と、つくしがその扉を開けると。

「準備できてる?」

目の前に立つ爽やかな笑顔の長身に、つくしは一瞬にしてこの顛末の全てを理解できた気がした。



「おかしいと思ったのよ…」

キッチンに立ったつくしは、誰に言うでもなくブツブツと独り言ちる。
確かにこのアパートはボロかったけど、大家夫婦は建て替える気なんて更々なかった。
なのに急にそんな気になったのは、たぶんこの男が何かを言ったんだろう。

「ねぇ、花沢類…あんた、何言ったの?」

件のオーナー様…もとい、旧知の仲の花沢類へとお茶を出しながら、つくしはチラリと疑いの眼差しを向ける。
それを然して気にもせず、クスッと笑って、出されたお茶を手元へと引き寄せた。

「別に、大したことは言ってないよ。
 最近、この周辺の物件を安く買い叩く業者がいてさ。
 あの大家、騙されそうになってたからその前に手を打ったんだ。」
「…へ?」
「これはあくまでもビジネスの話。
 花沢とパートナー契約を結んだってだけ。」
「ふ~ん…そういえば、花沢類も4月から社会人になるんだっけ。」
「そ。まぁ、その前から仕事はさせられてるけど。
 それより、今日中に荷物まとめてね。
 明日の朝一で業者が取りに来るから。」
「…は?」

一方的に話を進める類に、つくしは唖然とする。
いやいや、待って?
退去手続きとか、諸々のことが…と、つくしが言いかけた、その時。

「…4年経ったよね、あの日から。
 今日中に迎えに来なければ、俺が牧野を攫う。
 そう司には言ってあるから。」

さっきまでの穏やかな笑みを消した真剣な瞳がつくしへと向けられる。
それを笑って躱せるほどの余裕は、今のつくしには無かった。

「な、んでよ…何で、花沢類が…」
「ずっと待ってたんだ、今日のこの日を。
 あいつは…司は来ない。
 それはアンタが一番解ってるだろ?」
「……」
「今日からは俺に牧野を守らせて?
 俺は司みたいに約束を破ったりしないから。」
「ど、して…」
「言ったじゃん…好きだって。
 牧野のことが好きだから守りたい…ただ、それだけ。」
「ずるいよ、そんなの…」
「ん…でも、俺、本気だから。
 本気で牧野を手に入れたいから、ズルくても今がチャンスなんだ。」
「は、なざ…」
「今日はずっとここにいる。
 もし本当に司が迎えに来たら、その時は潔く諦める。
 でも来なかったら…」

狭い卓袱台の向こうから、類の手がスッと伸びる。
そして、つくしの頬に触れる数センチ手前でピタリと止まった。

「もう我慢なんてしないから…覚悟してて。」



それから、約半日。
どちらに転んでもどのみち明日にはこの部屋を出るんだから、と類が用意した段ボールへと荷物を詰め込んだ。
狭い部屋にそう荷物は多くなく、家電の類いは全て処分することになり、積み上がった段ボールは僅か5個。
その少なさに類は驚き、そんな類を見てつくしは笑った。

「そういえば、新しく住む所のことだけど。」
「あ…うん。
 何かすごく良い条件の揃った部屋だね。」
「ん。間取り見たと思うけど、あの部屋はファミリー向けの物件なんだ。
 ただ、ちょっと家賃が高くて借り手が付かなくてさ。
 だったらいっそルームシェアでもOKにしようか、って。」
「え?じゃあ、あたしの他にも誰か住むの?」
「嫌?」
「そういうわけじゃないけど…ルームシェアなんてしたことないから…」
「その点に関しては心配ないよ。
 俺だって、初めてだし。」
「…へ?」

類の言葉につくしはきょとんと目を丸くする。
この人、今何て言った?

「あ、あの…花沢類さん?
 まさか、ルームシェアの相手って…」
「ん?俺だけど?何か問題ある?」
「も、問題っていうか、ですね…花沢類にはあんな立派なお邸が…」
「もう俺も社会人だし。
 それに、牧野を見ず知らずのヤツと一緒に、なんてあり得ないから。」
「いや、でも、ルームシェアってそもそもそういうものじゃ…」
「んー、でも、もう俺の引っ越し終わってるし。
 牧野も、入居申込書にサインしたでしょ。
 書類はさっき田村が持っていったから、もう遅いと思うよ。」
「で、でも…あたし、まだ…その…」

しどろもどろになるつくしに、類はフッと小さく微笑む。
約束が守られなかったとはいえ、まだ気持ちは司にあることくらい百も承知だ。
想い続けた4年の月日を、そう簡単に無かったことになんてできるわけがない。
それでもいい。
ただ、傍にいて守ってやりたい。
つくしが独りで寂しく泣かないように。

「いいよ…まだアイツのこと、好きでいなよ。
 それでもいいから、俺を牧野の一番近くに居させてくれない?」
「類…」
「やっと名前で呼んでくれた。
 司に怒られてからフルネーム呼びに戻ってたの、ちょっと寂しかったんだ。」
「…たまには呼んでたじゃん。」
「そうだっけ?
 ま、それはそれとして、明日からよろしくね。」

類の晴れ晴れとした笑顔に、つくしに抗う手立てなどない。

「と、とりあえず卒業までっ!
 就職決まったら引っ越すからね!」
「んー…じゃあ、今はそれでいいよ。
 『来年のことを言うと鬼が笑う』っていうしね。」

クスッと笑う類に、つくしは小さく溜息を吐く。
類がこういう笑い方をする時は、必ずといっていいほど何らかの腹積もりがあるのだ。
そんな些細な癖も解ってしまうほどの時間をこの男と過ごしてきた。
…寧ろ、司よりも長い時間を。

「はぁ…鬼に笑われる前に類に笑われたけど、まぁいっか。
 類、お茶飲…」

不自然に途切れた声に違和感を感じてつくしを見ると、その手に持っていた携帯が床へと転げ落ちた。

「あ、日付…」
「ハハ…やっぱり来なかったかぁ…」

自嘲を漏らし、そそくさとキッチンへと向かうつくしの腕を取ると、咄嗟に顔を背けられる。
チラッと見えたのは頬を伝う一筋の涙。
来ないと頭では解っていても、心の何処かで淡い期待を抱いていたのだろう。

「牧野…」
「アハ…ごめん、ごめん。気にしないで。」
「でも、」
「大丈夫、解ってたことだし…」

止めようと思えば思うほどポロポロと涙が溢れ、伝い落ちた雫が床を濡らす。
堪らず引き寄せれば、華奢な肩が哀しみで小さく揺れた。

「いいよ、泣いて。
 全然恥ずかしいことじゃないじゃん。」
「っ…!」
「顔見えてないから、いっぱい泣きなよ。
 泣き止むまでずっとこうしてるから。」

力強い腕に優しく囲われ、つくしの心の箍が外れた。
この4年の想いを吐き出すように、涙は止めどなく溢れ、類のシャツを濡らす。
そんなつくしを腕に抱き、類は二度とこんな涙は流させるものか、と心に誓った。





Rendez-vous demain...


↓おまけつきです♪
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2 Comments

There are no comments yet.
デコポン

聖様❤
お話ありがとうございましたm(__)m

トップバッターお疲れ様です

>「準備できた?」

類くん、爽やかに登場❤

>狭い卓袱台の向こうから、類の手がスッと伸びる。
>そして、つくしの頬に触れる数センチ手前でピタリと止まった。

>「もう我慢なんてしないから…覚悟してて。」

むきゃー❤(*ノωノ)

覚悟できたでござる❤

とりあえず、今すぐ卓袱台だけでも欲しい。
あとは妄想で乗り切る所存

やるときはやる男
花沢類!

小話もありがとうございました❤

  • 2020/03/26 (Thu) 15:34
  • REPLY

デコポン様

コメントありがとうございます。
お返事が遅くなり、申し訳ありません。

公開から数日経ち、かなりお話も進んでますね。
お楽しみいただけてますでしょうか?
最早空気となりつつある1話目に今更コメントするのもアレですが。
卓袱台越しの類に萌えていただいて、ありがとうございます(笑)

やる時はやる男!
そんな類をご堪能くださいませ♪

  • 2020/03/29 (Sun) 14:57
  • REPLY
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petit logement douillet 第2話 -空色-